長い夜を過ごすためのジャズエッセイー松山尚紀


 

  東京から帰って10日ほど経ち、そのあいだ何事もないので少しホッとしています。しかし練習をしなかったせいで、すっかりギターは鈍ってしまいました汗。学校も徐々に忙しくなりますが、少しずつ取り戻していかねば。

 

 今日は、東京で購入した素敵なものの話(東京の街の写真はまたいつか落ち着いてから) 

 新宿西口、近未来的なビルにある書店で購入しました。

 

 初めて東京の大型書店に入って驚いた事、それはジャズの本がとても多いということ。私は北海道に住んでいるので余計かもしれませんが、書店のジャズコーナーって実は小さい。私の近所の書店には、10冊ほど。それも殆どが技巧や歴史の話で(もちろんそれも良いんだけど)、ジャズを取り上げた物語やエッセイって殆ど置いてありません。 

 しかし、さすが東京は都会は丸々本棚ひとつがジャズの本でいっぱいでした。結構エッセイなんかもあって、何冊か買ってみました。

 今日紹介するのは、Twitterでいつもお話させていただいているエッセイスト・小説家の松山尚紀さんの本。長い夜を過ごすためのジャズエッセイ。

 

 

 松山さんはオーネットがお好きだそうで、オーネット色全開なエッセイです。

  簡単に読めるショートエッセイが集まって構成されている本で、どれも面白いです。特に好きなのが、オーネット・プレイズ・ボサノヴァ・・・・ってそれ村上春樹ネタ!

 

 舞台は湘南にあるホテルで、コーヒーを飲みながら物思いにふけり、時間はゆっくりと流れる。ふと、ボサノヴァを奏でるオーネットの姿が浮かび上がる。彼の演奏は、「甘美な寡黙さ」を呈していた。そこには、「傷ついたこころが、遠すぎるほど遠すぎた昔日の愛が」込められていた。そう、ボサノヴァを吹くオーネットは、まるで傷ついた心を癒すかのよう……。しかし、ふと目を開けるとすべては幻のようで、またホテルの風景に戻る。

 

 傷つくということはある意味ではとても大事なことだと僕は考えていて、僕が教わった哲学の教授は「いたみ」というものを熱心に説いていました。人と人とが出会い、交流する。そこには様々な痛みが生じる。もちろん出会いと別れによる悼みから、誰かに言われたことで一人ひっそりと感じる痛み……。様々な形の痛みはあれど、それは自分という殻に傷つけられた印でもある、と。ひとびとは、毎日あわただしく生きながら、どこかその いたみ、を感じながら生きてゆく。それは自分の一部影のようでありながら、また自分と同じくらい大切なものなのだと。

 

 湘南のホテル、泊まってみたいなぁ。そうしたら、僕にもオーネットのボサノヴァが聴こえるだろうか?